column 建築エッセイ

建築は”平面図”が命

みなさんがこれから住宅を建てようとする時にまず目にするのが平面図というものです。いわゆる間取り図のことです。 
住宅を設計するときの建築家のメインテーマは、住まい方のプランが書かれた平面図です。綺麗に描かれた外観の完成予想図やインテリアのパースではありません。平面図には、その後の暮らしをずっと先まで決定付けてしまう強力な要素がほとんど含まれているからです。

「形態は機能に従う」とは建築家ルイス・ヘンリー・サリヴァンの言葉ですが、形、形態は機能を突き詰めた結果であるべきで、それこそが美しさだという考えです。

逆もまた然りで、「形態は機能を規制する」ということができます。
これは環境が人をつくってしまうと言うことを意味します。
環境、つまり建築計画が決まると生活の質やリズムが決まり、人生の方向に影響を与えるという考え方です。*(6)

住宅のプランを考えるとき、まずは導線よろしく快適な家をつくろうとします。いわゆる居心地の良い家を目指すということですが、居心地が良くて快適なだけの建築計画では不十分です。
本書ではこのことを掘り下げていくこともテーマの一つです。同じようなことを角度を変えながら何度も説明をいたしますので少しづつご理解頂ければ嬉しいのです。

話を戻します。
快適には副作用もあるのです。
例えば子ども自身の「居心地」を考えると、学校から帰ったらそのまま誰とも会わず、自分の部屋に入り、ふかふかの布団の上でゲーム三昧。そしてスイッチひとつで寒い時には暖房をつけ、暑い時にはクーラをつける。そんな毎日なら楽で快適なはずです。しかし、当然そんな、いき過ぎた快適さは子供にとって良いはずはありませんよね。

素材の心地よさにも欠点はあります。
ファーストプランの平面図に素材を書き込む事があります。どうしてもその素材を使ってほしい場合です。自然素材の持つ感触は柔らかく心地よく、そしてそれは時間が経つにつれやがて深い味わいとなり品格となっていきます。
おすすめのそんな自然素材にも、日頃掃除やメンテナンスには手間がかかり、その事が大きなストレスだと感じる方も結構いらっしゃいます。扱いが難しいことは欠点の一つです。

便利な導線にも問題はあります。
これまでの日本の戸建住宅のイメージは、玄関を開けると、ローカ兼用のホールがありそのすぐ近くには2階へ行く階段があって、そのまま寝室へ行けるので便利です。また玄関の近くには客室がある場合もあり、結局ダイニングやリビングなどの日常の場は、たいていは玄関からローカを先に進んだ、一番奥の扉付きの部屋です。急な来客があってもそのプライベートな空間に友達やお客様に立ち入られる事はなく機能的です。現在の一般的なマンションの間取りも、ダイニングやリビングは一番奥にあるところが多いようです。
ただ、家に帰った時に初めに目にするのは「誰もいないローカや階段」なので殺風景で寂しい我が家の第一印象ともいえます。

一方、アメリカのホームドラマに出てくるような場面を想像してほしいのですが・・・。
パパが玄関を開けると目の前には、吹き抜けの大きなリビングが広がり、部屋の奥の暖炉の横の椅子に座っていたママと子供たちはいっせいに「お帰りなさい!」とこちらを振り向く。右奥にある大きな螺旋階段を犬が駆け降りてきて飛び掛かってくる。
そうです、元気が出そうな「ただいまの瞬間」ですよね。
突然の来客もいいではありませんか?ベルが鳴って玄関を開けるまでには少しは時間もあります。第一、我が家は来客の為のものではなく、私たちの生活の場なのです。
この考え方が私の「リビングアクセス」の考え方です。また後ほど説明致します。

これら2件の我が家、どちらの間取りの家に住みたいかは好き嫌いの問題ですが、それぞれの家の違う2つの間取りの家にそれぞれ10年間すみ続けた場合、それぞれの家で体感する毎日の気分や暮らし、そして2つの家の間取りに10年暮らした時のその後の家族の在り方に違いがないはずはありません。このことが建築の計画学なのです。「建築の力」ということができます。

社会や家族、他人との関わり合い方は「建築の平面計画」が大きく作用します。もともとコミュニケーションというのは億劫なものです。少しは強制力が必要なのです。誘われればどうしても出席しなければならないパーティーのように。
それでも出れば出たで楽しいこともあるものです。建築の間取りが人と人とのコミュニケーションにとってちょっとした強制力のひとつとなることは、押さえておきたいところです。

私たち建築家が平面図を考えるとは、つまり建築の計画とは、快適を突き抜けた楽しい建築・家つくりの答えを探すものです。
また、そのために捨てなければいけない何かの条件を探すことでもあります。
住宅設計の時、家の形やインテリアデザインの丸が良いとか、四角が良いとかいう問題は最後の問題です。その家で暮らす家族が「幸せに暮らすというゴールに対して建築として何ができるか、建築計画学や建築的哲学・芸術・医学そしてその家族の嗜好・感性など幅広い知識・要素を統合して答えを出すものです。そしてそれを形にしたのが、
そうです、平面図なのです。
その時の知識の量や気分が左右されるままの雑誌やカタログや画像検索の寄せ集めで平面計画を組み立てるのは危険です。

最初に建築家から住宅の設計提案があった時。その平面図を見ても説明を聞いても、「良いのか悪いのかよくわからない」場合は、そのプランがあなたの感性と合っていない可能性があります。そもそもその平面図自体がいまいちであるからかもしれません。図面が読める人でも読めない人でも、その平面図を見ながら作者の説明を聞いていくうちに、これからの暮らしにワクワクとしてくるはずです。楽しくなければ「我が家」とは言えないからです。最初はわからなかったピカソの絵も専門家の説明を聞いて行くうちに感動する絵にしか見えなくなっていくように、背景がわかると本質が理解できるのです。

実際、建築家は住まわれる方の想い・要望、土地の特性、周りの様子などを何日も、時には何ヶ月も考えを巡らせます。痒いところさえもわからないような歯痒さが、何日も続く中で、暮らしのテーマ・物語に自分なりのひらめきがあった時に、初めてスケッチが始まり、瞬時に完了していくのです。マス目がついた設計用紙にいきなり部屋を並べていくわけではありません。

(*6)地震の復興住宅仮設住宅での暮らしを変えた平面プラン

1995年に起きた阪神・淡路大震災の時の仮設住宅では、不幸にも孤独死が多発してしまいました。いろいろな要因があるのでしょうが、建築計画上の問題としては「すべての住宅を南向きとした結果、個々の家の玄関が北向きに並んでしまい、玄関から前の路地に出ても前の家の人と話をする機会がほとんどなかったのではないか?」との問題指摘がありました。

そういったことあり、2004年の中越地震後には、仮設住宅への移転が集落単位で進められただけでなく、玄関が向かい合わせとなるように個々の住宅が建設されました。
さらに2011年の東日本大震災後に建てられた岩手県釜石市のコミュニティケア型仮設住宅では、玄関と玄関が向かい合わせとなった路地に屋根を掛け床板も貼りその路地が生活空間に取り込まれました。