column 建築エッセイ

実際の平面図を見てみよう

建築家がどんな想いで平面図を書いていくのか見ていきましょう。
私の事務所で実際に設計され建築された平面図を3つご紹介します。

ひとつめは高齢者のための家、熊本市にある「道と暮らす家」の平面図です。

(写真2:道と暮らす家)

これは当時65歳を過ぎた私の母の一人暮らしのための家です。総面積21坪、2階建の小さな住宅ですが、一人暮らしには十分な広さです。ゴールは「これから迎える老後の1人暮らしを、いかに楽しくできるか。生涯現役でいられるか」ということです。

私は、高齢者になっても右肩上がりの人生でありたいと思っています。そのためには高齢者のための住宅には、バリヤフリーよりも大事にしたいことがあります。それは「人が集う家」であることです。私は目の前の「2つの生活路」を行き交う顔なじみの近所の人たちといつまでもうまく接点を持って欲しいとの想いで家のコンセプトを「道と暮らす家」としました。
高齢者であろうとなかろうと、ましてや老後の人生の楽しみや生きがいは、人との交わりを抜きには考えられません。昔話の姥捨山で象徴されるように、人や社会との縁が無い人生ほど寂しいものはありません。よく人が良く来る家をどうつくるか?を建築的に考えます。入り易くて出やすい家、そして楽しそうな家には人がよく来ます。
そんな家をつくりたい時には良いプランがあります。玄関に一番近いところに家の中心があるリビングアクセス型のプランです。
明るい家つくりがゴールなら「リビングアクセス型プラン」が良いと思います。

それから高齢者のための住宅つくりでもう一つ、私の母には健康つくりのために毎日、毎日少しずつ運動をしてもらいたいという想いでした。将来の車椅子の生活を心配する前に車椅子に頼らない生活を目指してもらいたいたかったのです。ですからこの「高齢者のための家の各部屋」は全てスキップフロア(段差のある間取り)で構成され、何処へいくのも1段や2段の段差だらけなのです。必ず昇り降りをしなければならない段差をあえてつくってあります。
普通に考えればこの間取りは「親不孝プラン」と言われてもしょうがないのです。
私は段差だらけの高齢者住宅をつくってしまったのです。
では20年経った母はどうなっているのでしょうか?(答えはこの章で後述する・バリヤフリーにはこだわらない。をご覧ください。)
その代わり空間は刺激的で楽しい空間です。家の中でも散歩気分なのです。
平地の土地も良いものですが、海や山の起伏がある風景は楽しいもの。
住宅って楽しいのがいいですよね。

ここからは平面図を見ながら想像してみてください。
(平面図と実際の空間のイメージの答え合わせは4章・希望と活気をつくる
リビングアクセス型住宅プラン「道と暮らす家」で)

この家は2つの道に接した敷地です。
朝は子供たちがランドセルをカタカタと背負って小学校へ行く通学路、
午後になると近所の人たちが買い物カゴ下げて行き交うそんな街の生活路です。
この2つの道に家を開放すると街が持っている生活感とつながることができます。
窓ガラスのすぐ外にあるもう一つの外壁の「ブラインドスキン」は、程よい開放率の木製の格子で構成されています。
無邪気な小学生は時に身を乗り出して「おばちゃん!おばちゃん!」と声をかけてきます。
近所の知り合いは格子越しに声をかけてきて、今日の出来事を話しかけます。
時にはあがり込んでお茶を飲んだりすることもありそうです。
コミュニケーションは「わざわざアポをとって・・・」というより、ちょっとしたきっかけの方が話は弾むものです。自然のリズムのおかげです。人生はリズムとタイミングが一番なのです。

2件目は少し大きい住宅です。

(写真3:オープンリビングの家)

都会からは少し離れた静かな緑豊かな場所に計画された“至高の住宅”です。
「本当のリラックス空間、至高の時間・空間をつくる!」がゴールです。
土地は100坪とやや大きめですが、極端に何百坪、何千坪とあるような楽園を思わせるようなリゾート向けの土地ではありません。

先ほどと同じように説明文と合わせて平面図を見てみてください。

(平面図と実際の空間イメージの答え合わせは4章・魔法の鉛筆は建物ではなく
外部空間から設計する「オープンリビングの家」で)

毎日の出入りの場「玄関」は、例えば大きな吹き抜けがありダイナミックなホテルのような大空間よりは、旅館を思わせるような「粋」で控えめな感じがよいのです。
玄関の先はすぐにガーデン型のオープンリビングです。
この家の中心です。
ここから家の中なら何処へでも直接行けます。どの場所からも見えるリッチなその中心の場所は(床の間のような存在価値)すべての他の場所も全てリッチにしてしまう風景の力になるのです。ここにお母さんやお父さんがいると、会話は聞こえなくても、何をしているかもわからなくても家中があったかく安心になってしまうそんな場所なのです。

最後に京懐石の店の平面図の場合を見てみましょう。

(写真4:京懐石まほろば)

和食の空間といえば、多くの割烹や和食の食事処がそうである様に、侘び寂びよろしく「数寄屋建築」がまずは思い浮かぶはずです。
茶の心、計算し尽くされた木と畳と和紙で繰り広げられるシンプルな空間は日本人独特の控えめな美の世界観なのです。

が、しかし日本文化にはもう一つの世界観、天平文化があります。
華やかな空間は食事処というエンターテイメントにはうってつけ。集客を誘います。
商業空間の最大のテーマゴールは「集客」です。

平面図を見ながら思いを馳せてみてください。

(平面図と実際の空間のイメージ答え合わせは5章華やかな天平文化の世界観でつくる。「京懐石の店まほろば」で)

日本がもっとも眩ゆかった頃、安土桃山・天平文化、藤原家の謳歌した時代でもあった。

その頃、貴族はあちらこちらに別荘を持っていたに違いない。

小川のほとりの神殿造りの貴族の別荘は艶やかで朝が来ると自然の朝靄と歌を奏でる。

少しずつ夜が明ける。

水平線の朝日が、木々にうつり木漏れ日がさすそんな静寂な場所に佇む貴族の別荘

一度で良いからそんなところで「朝の食事」がしたいと凡人なら誰もが想う。

1000年戻ることはできないが、戻ったつもりで時代の場をつくることはできる。

藤原家でなくともお金を出せば商業空間なら誰でも食事ができる。