column 建築エッセイ

魔法の鉛筆がつくると廊下と階段は建築で一番大切な場所[rr5] 

「廊下と階段はもったいないからなるべく狭くコンパクトにしてほしい」とよく言われます。

その分リビングや寝室をできるだけ広くしたいとの希望です。

そんな方に是非お伝えしたいことがあります。

騙されたと思って、廊下をあと10cmだけ広くしてみてください。その分、リビングが10cm小さくなってもおそらく気付く人はいませんが、廊下はたった10cm広くするだけでリッチな気分です。もう30センチも広くすれば、ちょっとしたギャラリーにもなります。

実は廊下と階段は楽しくて夢がある場所。「魔法の鉛筆」では特に大切にする場所なのです。

廊下は、街でいうと通りです。シャンゼリーゼ通り、神社に続く門前市、哲学の道、桜並木などがそれにあたります。歩いて楽しいのが道。何かが始まるのが道。道を極める。人生を歩む。など道にまつわる言葉はたくさんあります。道と同じく、廊下もそんな場所なのです。おそらく家や建物の中で最も面積を取る場所は廊下という部屋ではないでしょうか?楽しくいきたいものです。

事務室や倉庫でよく見られる機能的なだけの廊下も、もう少しなんとかすれば仕事が楽しくなるはずです。勿体無いのです。

階段は、ドラマチックな場所です。

映画『ローマの休日』に出てくるスペイン階段、『ロミオとジュリエット』も階段がなければドラマは始まりません。古代・出雲大社本殿の高さは約45メートルあったと言われており、そこに至るまでには長さ実に109メートルもの木造階段階段があったそうです。参拝者はその巨大階段を一段一段登ってお参りしたと伝えられています。またオリンピックでは、聖火台に登る階段が開会式のクライマックスになっていますよね。そんなドラマチックな場所が家にあれば、住む人の気持ちも暮らしも変わっていくものです。シティホテルとビジネスホテルの比較の話の中で、「ロビーやラウンジ・廊下などの館内の雰囲気は、個室の中にまで余韻を引っ張る」という話をしましたが、それと同じなのです。部屋に行くまでの廊下や階段といった「つなぎの部分」の余韻は、その後気持ちの広がりや余裕に知らず知らずの間に影響を与えてしまうのです。街に文化があるように、家にも文化があるのです。

それから「段差がある家」は良いものです。楽しいものです。

まわりから1段下がったリビングの床に置かれたソファーに深々と腰掛けると空間に包まれたような本能的な縄張りに似た安堵感がえられ、逆にまわりから1段上がった場所に上がり、そこにある椅子に腰掛けるだけで周囲を見渡す爽快感が刺激される。感覚を楽しむことで、暮らしの豊かさが呼び込まれます。

全自動で歩けるバリヤフリーよりは少しずつの高さが違う段差のある空間を移動することの方が脳にも良いことは間違いありません。

歩くことや段差についてはこんな話があります。

昔、ブッダの弟子が「私もお釈迦様のような特殊な能力を持ちたい。どうしたら持てますか?」とブッダに聞いたところ、

「一番単純なことを繰り返しなさい」

と答えられたと言われています。これは、ただ息を吸ったり吐いたりするような簡単なことに集中すると、いろんな能力が開発されるという話です。ただ座って呼吸を確認する瞑想や、歩くことに集中する瞑想方法などのことを言われているのだろうと思います。

単純なようですが、「歩く」と言うことは実は難しいことなのです。

私は昔、リウマチを患ってしばらく脚を固定していたことがありますが、ギブスを外してすぐの何日間はどうしても歩き方が思い出せなかった事を覚えています。本人としては大真面目だったのです。「歩き方を忘れてしまった。もう思い出せないかもしれない」と言っては周囲に笑われたものです。今のロボットは違うかもしれませんが、少し前の時代のロボットは歩き方がぎこちなかったですよね。「歩く」ということは、相当頭を使うのだろうと思います。

ちなみに「安全のために」と設計されるバリヤフリーですが、実は「階段が急な家のほうが室中の事故が少なかった」という報告もあります。

『ウソだろう!?バリやフリー小山 和伸(著), 村木 里志(著) 晃洋書房 』には、アポトーシス現象(簡単にわかりやすく言うと、不要なものは減退し必要なものは増殖する)という概念を用い、バリヤフリーの弊害として身体機能や脳の認知機能が低下するといった説明があります。例えば筋肉は、全く使わない場合、1日当たり3〜−5%も減少するのだそうです。つまり、高齢になっても歩いたり、階段を上がったり下ったりする機能を維持するためには、「まだ私にはその機能が必要ですよ」という信号をいつも脳に送り続ける必要があるのです。

従って、これから年齢を重ねていく人にこそ必要なのはバリアフリーではなく、リスクフリー。たとえ段差のあるところで転んだとしても、最小限の怪我で済むような工夫、例えば床材を柔らかい材料にするなど、そういった積極的な工夫をするリスクフリー空間が必要なのだと結論つけられています。

廊下、階段、段差という変化が起きる場所、一見無駄だと思われがちなところに、実は建築を楽しく明るくする重要なヒントが詰まっているのです。

(写真16:高齢者施路。廊下が散歩になる高齢者施設)

(写真17.沖縄のオフィスビル)

オフィスの廊下が道     (首里城の石畳を模しています)

(写真18.マンションの中の段差のある家)