column 建築エッセイ

要求条件は捨てれば捨てるほど価値ある建築ができる

建築は要求を捨てれば捨てるほど価値ある建築になります。

全く同じラーメンの味であったとしても「ラーメンとうどんの両方を出すお店」よりも「ラーメンの暖簾1枚の老舗の店」」の方に行ってみたいのではないでしょうか?

なんとなく美味しそうなイメージがあります。

もう少し例えましょう。

その昔、スピーカを捨てた音響機器が登場しました。

ウォークマンです。今でもいろんな形で進化を続けています。

スティーブ・ジョブスはコンピューターからキーボードを捨てて、

iPadをつくりました。

スーパーの大量陳列をやめたら、コンビニができました。

このように得たものが大きいものは、捨てたものも大きいのです。

建築も同じです。捨てるものが多ければ多いほど、建築はよくなっていきます。

個室は3室は要らない2室で良い。寝室はベッドが入れば良い。車は1台止まれれば良い。など・・・・と。その代わりにご自身の一番大切な「暮らしの夢」は大いに追いかけることができます。

「ソファーは要らない。家の真ん中にでっかい大きな栗の木の大テーブルをつくって、家族誰もが自由に使おう。みんなの停留所だ。私はそこで毎日小説を書いて芥川賞を目指すぞ!」と。捨てることを決めれば大概の夢は叶う。

知識と決断。最後は自分自身の哲学なのです。

私は、「人生の成功者」といわれる方々にお目にかかる機会がままあるのですが、皆さん驚くほど「捨て方」があっぱれなのです。

あるメーカーの社長は、ある地方から工場の誘致を受けた際、用意された2つの候補地のうち「私は、海に近くて商品が運びやすいこの場所がいい」と即答されました。私から見ればどう見ても、もう一つの「街中の用地」の方がずっと良さそうに思えました。将来の土地の値上がりも期待できそうですし、品物を運ぶといっても最後はどうせトラックを使うでしょうから、ほんの少しだけ余計に走るだけではないか?と。ところがその社長はスパッと決めるのです。「ここが海が近くて良い」と。あくまで海なのです。

そもそも決断とは、合理的な判断が求められているということよりも、ただ決断する決意と、哲学が試されているような気がします。事業を拡大されているいろんな創業者とお会いするうち、そう思うようになりました。

ちなみにその土地の後日談をお話しすると、その社長が選ばなかった「街の中にある敷地」はその後予期せぬ事情か何かで、周辺を含めた開発が大きく遅れてしまったのです。その間に、「海に少しだけ近い土地」につくられた工場はその後、まもなく訪れた商品の需要の波に乗り会社の躍進のきっかけとなりました。

その用地の土地としての価値だけを見ると、選ばなかった「街の中の用地」の方が高かったのかも知れません。しかし、事業のタイミングや、その場所だから生まれた出会い、その瞬間だから巡り会えたチャンスなど、様々な縁を予測することは誰もできないのです。「あのスパッとした決断」が「引き寄せた幸運」と考えるしかないのです。

さて、住宅建築の場合の捨て方の話をしましょう。

以前、親しき旧友から「4L D Kの家をこのくらいの値段でつくれないか?」と相談を受けました。まだローンが相当残っている住宅を地震の被災のためにもう一度建て直す必要があったからです。「このくらいの値段」とは具体的には書けませんが、一般的な4LDK住宅の相場の3分の2くらいの建築費だったと記憶しています。

4LDKというと、一般的には一戸建ての家で35坪ほどのイメージでしょうか。

私は設計するにあたり、坪数、大きさを一般的な4LDKの半分近くにすることが一番良いと考えました。安普請(やすぶしん)なコストダウンではなくむしろ上質な空間を目指したかったからです。子供も大きかったということもあり、いずれ夫婦二人になった時には20坪くらいの建物はちょうど良い大きさです。

例えが極端かも知れませんが「とらや」の高級羊羹を半分の値段で買うには、半分の大きさの羊羹を買えば良いのです。同じ高級品が買えます。第一そんなにたくさん一度に食べることはできないので結果的には食べ過ぎないという利点までついてきます。

私は、旧友に広々としたリビングとダイニング付きの4L D Kが「その価格」で実現することを伝えた上で、捨てるもの、諦めてもらう以下のことを提案しました。

1 個室は寝室として、寝るのに快適なだけの空間にする。

2 廊下や階段スペースをつくらず平家とする。

4 日頃から断捨離に勤しみ収納スペースは最小限にする。

5 その代わりリビングやダイニングはみんなが集まりたいと思えるだけの贅沢な空

間にする。

6 坪数だけをみると小さく感じるので、開口部を大きく明るく取り、吹き抜けのような広々とした縦の大空間をつくる。(その代わり、少しだけ暖房費がかかるかも知れない)

友達なので伝えやすくもあり、お互いに信頼関係もあったので即答でした。

「それでいいよ、好きなようにやってくれ」と。

私は一般的な35坪の家に必要な機能のすべてと、圧倒的に開放された空間を21坪の中に盛り込んだプランをつくりました。

面積を減らしても、それでも足りなかった予算を調整するのも設計事務所の仕事です。

別の旧友の工務店の社長に「「友達のためだ!予算はこれだけだ!」と上から目線で、しかし平に、平に泣きを入れたのです。

こちらが出来上がった平面図です。

(写真10.  72,7㎡の4LDKの家)

ダイニングキッチン30m2(キッチン含む)のほか4寝室・ユーティリティ付き

リビングの屋根裏のふところを一部使い、疑似的な吹き抜け空間をつくりました。大きなガラスサッシは北側を向いているので、普段はカーテンを開けっぱなしにしても明るすぎたり、眩しかったりすることはありません。(北側は竹林が続く林ですので窓全開可能です)

南の光が欲しい時には、吹抜けの上にある屋根の下の窓からいくらでも取り入れることができます。存在する廊下や階段が小さいと全体の空間が窮屈に感じてしまうものですが、この家のようにいっそのこと全くなくしてしまえば、とても広々とした空間イメージになるのです。

寝室なんとかちょうど良いですよね?4L D K!